2010年05月04日

好村兼一『伊藤一刀斎』上・下を読んで

好村兼一氏の著作に初めて接したが、読んで良かった。

フランスで剣道を指導しているという著者の経験と立場が、著作の内容にどのように反映しているかは部分的にしかつかめないが、武道修行における幾つもの要素がうまく溶け合ってストーリーとして力のあるものに仕上がっていると感じた。

1流の武芸者に成長していく教養小説の側面からも興味深いが、技術の面と、志の面との両方を包み込む視野の一つに老いの視点があることが興味深い。

ある境地に到達しつつある人物の周囲に存在する拮抗する相手であったり、あるいはその人物の後に続く若い世代であったりする修行者の群像が、直接ふれあったり、すれ違うだけであったりする場面の積み重ねを通じて、剣術、剣道という共通の圏域を形成していく過程が描かれるとともに、技術、精神の向上の果てに立ちはだかる老いにどのように向き合うかという切実な現実が描かれている。

技術の内面化と精神の純化という視点から読むと、この小説の魅力を十分に味わうことができると思う。
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2009年08月12日

読み始めた本

 リチャード・G・ウィルキンソン『格差社会の衝撃 不健康な格差社会を健康にする法』(書籍工房早山)を読み始めた。

 この本の著者紹介によると、著者は、経済史の分野で学会に登場し、その後、疫学研究に転向し、健康格差と健康の社会的決定要因に関する研究を始め、その後、30年以上にわたって、健康と所得格差の社会的影響に関する世界の研究を主導してきたという。

 この本のカバーの裏表紙に、「人間は平等な社会に生きるように進化してきた」とある。この考え方は、少林寺拳法創始者である宗道臣先生が、お互いに拝み合う形としての合掌礼を最高の礼式であると喝破し、入門者が最初に学ぶ礼式として合掌の形と心を位置づけたことと、結びつく。

 そのような関心から、この書籍を深い関心を持って読み始めた次第。

一読して感じるのは、単なるユートピア的な願望を主張するものでなく、所得格差のような具体的なデータに基づいた分析が特徴的で、社会の制度、構造の現実から遊離していない考察だということである。

 少林寺拳法の修行に身を置く立場から、社会現実的な視点を検証する際の大事な切り口を提供してくれるのではないかと期待が持てる。じっくりと読んでいくことにしたい。


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2009年05月28日

今野敏の新著

今野敏の新刊『武士猿』(集英社)を読んだ。

沖縄空手の本部朝基をとりあげたのが本書である。

武術の本体としての錬磨と研鑽を一方の軸として、近代化、世界化の流れのなかでの普及拡大をもう一方の軸として、本部朝基の経験と認識を描く。

これは、空手だけに留まらず、価値あるものの発展的継承と、風化にさらされる危険を伴う普及拡大との狭間に身を置くすべてのものに当てはまる主題である。沖縄古流の空手を取り上げた『義珍の拳』(集英社文庫)に続いて、空手の歴史的展開のなかで潜在していた重要なテーマを掘り起こそうとする今野敏の意図がよくわかる。
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2008年01月04日

大旗英雄伝を見て

 中国の武侠小説作家、金庸と並び称される古龍の原作に基づいた長編ドラマ「大旗英雄伝」を年末・年始の休みを使って一気に見た。

 英雄豪傑が次々と登場し、それに妖艶な年増の美女や可憐な美少女が次々に登場してはからみ、感涙にむせぶストーリー展開に目も心も惹きつけられた。

 空を飛び、宙を舞う武技の魅力も満載で、CG、ワイヤーアクション、カメラワークもこれでもかと魅力的な映像を創り出している。

 心惹かれた最大の魅力は、武技の秘伝書の扱い方である。その秘伝書に従って修行を重ねて得た内功を発揮すると、自分の体を傷つけてしまうこととなり、唯一の救われる道が、自分の身につけた武技と内功を他の人に与えることなのである。

 この矛盾が象徴的にこのドラマの柱を担っているのだ。

 武侠の江湖世界を貫く義や仁の理念を翻弄する対立と誤解に盲目的に導かれる達人たちを、和解、そして平和な社会に向かって目を開かせようとする主人公はあまりに格好良すぎるが、それでいいのだ。

 男女の情の避けがたい力に導かれて愛憎の泥沼にはまる地獄も、それを知っているが故に情を絶つ無理を重ねてはまる煉獄も、たっぷりと描かれている。耐え難い苦悩がひとびとを結びつけ、引き離し、物語はまさに波瀾万丈の展開を示す。

 金庸とはまた違う古龍の世界に堪能した。

武侠ファンには必見のドラマです。グーグルなどで検索すると関連のサイトがたくさん見つかりますが、まずは次のサイトを見てはどうでしょう。

DVD関連ウェブサイト
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2006年12月26日

武道に生きる人生とそれを支える人について

JALカードのメンバーの雑誌に『アゴラ』がある。

その2006年12月号に柔道師範の福田敬子先生の紹介記事が掲載されていた。

 福田先生は大正2年生まれの93歳の方で、女子柔道家としてただ一人の九段保持者である。
   嘉納治五郎先生が柔術をまなんだ福田八之助が、この福田先生の祖父に当たるという武門の生まれである。しかしながら、講道館においても最初の内は女性の入門を認めておらず、福田先生は柔道とはまったく無縁の少女時代を過ごし、茶道、華道を学んでいたということである。21歳の時に、時代の流れと共に講道館も女子に門戸を開くこととなり、1932年に女子部が作られることとなり、嘉納治五郎先生が直々に恩師の孫に当たる福田先生に入門を勧めたことをきっかけに、柔道を始めたということである。

 女子の柔道人口が少ない時代に、柔道師範だけで生活するのは大変で、家で生け花を教えて生活の足しにするなどして、柔道を続けたという方である。1964年の東京五輪で男子柔道が正式種目になったので、女子柔道がエキシビジョンとして披露されることとなり、講道館女子部の先輩に当たる乗富政子とともに代表に選ばれ、その2年後に米国北カリフォルニア州柔道協会の会長から米国での柔道指導を請われ、50歳を超えていた福田先生は一度は辞退しながらも、1966年に単身米国に渡ったのである。その後、サンフランシスコのミルズ女子大学の体育講師の仕事を得て、柔道師範として米国に留まることとなった。

 福田先生から柔道を学んでいたミルズ女子大学の講師、シェリー・フェルナンデスの家で一緒に生活していた福田先生は、シェリーの自宅に畳を敷いて狭い部屋で教えていたが、自分の道場を開くことを考え始めた。その話を伝え聞いたサンフランシスコ日本人街にある桑港寺の当時の住職が「大変だろうからうちの本堂を使いなさい」と申し出たということである。当時は埃をかぶると申しわけがないので、ご本尊にシーツをかぶせて柔道の稽古をしたという。やがて自宅近くに道場を借りることができ、桑港女子柔道クラブは米国で最も有名な柔道道場の一つとなったということである。

 この福田先生の人生の見事な軌跡も魅力的だが、ここで触れておきたいのは、柔道の稽古のために本堂を使いなさいと申し出たサンフランシスコの桑港寺の当時の住職の心の広さである。

 実は、少林寺拳法サンフランシスコ支部の道場はこの桑港寺のホールを使用している。87年から88年にかけてちょうど1年間私がサンフランシスコに滞在していたときに、サンフランシスコ支部の原田支部長に歓迎されて、稽古に参加させていただいたのが、この桑港寺なのである。その後も出張などでサンフランシスコを訪れる機会があるときには、欠かさず桑港寺での稽古に加わってきているし、現在の住職や、南米に仏教普及の旅に出る途上で一時滞在していた若い日本人僧にも紹介されたことがある。

 武道という文化が海外に波及して根づいていく過程で、世界の各地に桑港寺の住職のような方がおられた、そして今もおられる、に違いない。このような武道文化の普及の結節点となる後援者の存在がなければ、武道のグローバル化はもっともっと時間がかかったのだろうと思う。

 武道の光に導かれて生きる人生と、その光を絶やさないように支える人との出会いこそ、まことに有り難い歓びである。
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2006年02月19日

『ボクは武士道フリークや!』を読んで

この記事のタイトルにある『ボクは武士道フリークや!』を読んだ。

 著者は剣道6段、居合道5段、なぎなた4段のアレック・ベネット氏で、京都にある国際日本文化研究センター助手の武道学者である。偶然書店でタイトルに目を引かれ、次いで著者を見て、アレっ!と思ったのだ。というのは、2004年に日本武道館40周年記念事業の一環として武道憲章の英文改訂版が発表された時に、私は少林寺拳法連盟推選の武道憲章英文改訂委員として作業に従事したのだが、日本武道館推選委員として参加していたのが、アレック・ベネット氏だったのだ。背はあまり高くないが、がっしりと鍛え抜いた身体で、礼儀正しい振る舞いをよく覚えている。
 この武道憲章英文改訂委員会の仕事はきめ細かな検討作業と熱心な議論によって進められ、会議開催数は多くはなかったが、他武道団体の経験豊かな委員の諸先生との協力作業はその豊かで緻密な審議内容によって、わたしにとっては忘れられない貴重な経験となったものである。

 この著書の著者名を目にて、その委員会の記憶が一気によみがえり、すぐに購入して1日で読了したのだった。

 読み進みながら、何度も感心するところに出会った。ニュージーランドの高校生が日本に留学して剣道を学び、その後長い年月をかけて筋金入りの武道フリークに成長していく(武道にはまっていく)過程がユーモアをたっぷりと含んだ明快な文章で書かれている。文体の親しみやすさと、内容の、時に重く、時に鋭い、観察や指摘とがあんばいよく支え合って、良質の啓蒙的な本に仕上がっている。

 この本のなかで強く印象に残ったところを何点か紹介しておきたい。

一つは、「ガイジンに武道の心がわかるのか?」といういかにもステレオタイプの疑問に彼がどのように答えているかというところである。関西弁による文体で、彼は次のように書いている。

「確かに武道やその前身の武術、武士道は日本で発祥したものやけれど、先述したように、そのもともとの担い手である武士は人口の1割にも満たなかった。だから、日本民族のDNAを持っていさえすれば武士道や武道を理解できる、という発想には無理があるねん。そんなわけで普通の日本人と僕とでは、武士道に関しての理解度は変わらんと思う。」(7−8)

 このような認識はきわめて正しいものと言うべきだろう。そして執筆のふたつの目的を以下のように説明している。

 「ひとつは、武道の本家本元の日本の皆さんにもっと武道をやっていただいて、生死超越の境地の醍醐味を味わっていただくため。もうひとつは、武道の国際化がどんどん進んでいる中で、本家本元の日本の武道界にしかるべきリーダーシップを執ってもらうためや。楽しく笑って読んでいただけるよう、スーパー武道バカ&武士道フリークの僕の、コアでディープな体験談をテンコ盛りにする。日本の皆さんは、当たり前すぎて忘れてしまったのかもしれないが、武道は最高や。僕は「武道バカ」に誇りを持っているんや。」(10)

 文体の陰から、非常に厳しく重い一撃が打ち込まれている。彼のこの打ち込みに正面から対峙していくには、少なくとも私は自分自身の武道人生の内容(質と量の両面)で切り返していかねばならないと思う。

 このブログを読む方は少林寺拳法を学ぶ人を中心として、武道関係者がほとんどでしょうから、それぞれの武道観からさまざまな反応が出てくるとは思うので、読み物として楽しいこの著作に込められている真剣なメッセージを受け止めるためにも、まず一読をお薦めしたい。

 内容のおもしろさ、豊かさ、真摯さについては、ご自分で実際に読んで感じ取っていただくこととして、著者の現在の視点がよく理解できる箇所を以下に紹介しておきたい。

 「日本の皆さんにはわかりにくい感覚かもしれないが、テロや爆撃などの危険を常に警戒しながら暮らしている人間にとって、礼法にのっとって、一対一で向き合って相手を叩いたり、投げ飛ばしたりするという行為は、相手に対する”信頼”がなければ、恐ろしくてとてもできんものなのや。ニュージーランドも日本に負けないぐらい平和な国やから、僕も剣道を始めたころはこういうことに鈍感やったが、今はいろいろな国の競技者と話をする機会を持って、その意味がよくわかるようになった。平和ボケから目が覚めたんや。しかも、武道には礼法や残心など、他のスポーツや格闘技とはひと味違った思想やスタイルがある。今までしつこいぐらい述べてきたけれど、人を叩いたり投げ飛ばしたりという行為が単なる暴力から「道」に性格を変えるのは、これらがあるからや。これらこそ、僕が魅せられた武道のパラドクスの威力であり、殺人のテクニックに哲学を与えて進化させてきた先人たちの知恵の賜物である。こんな高尚な必殺技、世界中どこを探しても、他にはあらへんで!!」(218)

 このような立派なフリークぶりは、活動の枠の広さにも結びつき、「Budo Movement for Peace(平和のための武道)」といNPO法人の設立に向けて準備をしているという。彼のことばでは「いわば、活人剣の考え方を世界平和にまで拡大させようという狙い」の活動である。その志は、もともとはユダヤ人空手道家、ダニー・ハキーム氏の発想によるとのことであるが、紛争地のこどもたちをたくさん集めて寝食を共にさせ、武道を指導するという合宿をするという企画を、すでに試験的に04年にギリシャで一度開催したとのことだ。この時の合宿の武道の種目は、剣道、柔道、空手道、合気道、少林寺拳法で、それぞれ日本やイスラエルから専門の指導者を派遣したとのこと。このような視点と活動には、心と身体の両面から連携して支援したいと思う。

 アレックさん、この本を読んでよかった。いろいろな人にこの本を推薦しますよ。
posted by 野坂政司 at 16:53| ☁| Comment(3) | TrackBack(3) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月08日

行動すること、できること、できないこと

 11月5日の午後に、私は千歳発羽田行きの飛行機に搭乗していた。翌日に開催される全日本学生少林寺拳法大会の審判として、前日に移動していたのである。

 持参していた本を読んでいたのだが、私の後ろの方で、ゴトンという何かがぶつかったような音が聞こえ、その少し後で「お客さま」というスチュワーデス(フライトアテンダント)の声が聞こえた。振り返ると、乗客の一人が床に倒れていて、スチュワーデスが声をかけているのである。倒れている乗客は、目が半開きで意識がないような状態で、あきらかに危ない様子である。

 殴られて倒れたものへの活の入れ方をある程度身につけているとはいえ、人が倒れるには、脳とか心臓とか、さまざまな箇所の変調が原因となるわけで、何度か救急法の講習を受けたことがあるにしても、安易に手を出すわけにもいかないので、さてどうすべきかと、一瞬考えたとき、通路を挟んで隣に座ってやはり読書をしていた若い男性がさっと立ち上がり、倒れている人のそばに移動した。明らかに彼は医師であり、その行動は迷いのないものだった。

 スチュワーデスが飛行機に備え付けの医療道具を運んできたようで、聴診器などをその男性に渡しながら、対応を見守っていた。

 10分くらいの時間が経過した頃に、倒れていた人も意識がもどったようで、少し広いところに寝かせてあげ、状況は落ち着いた。自分の座席に戻った男性(医師)は、緊張感を残しつつもほっとしたような雰囲気が感じられた。彼の顔に浮かんでいた汗が、それまでの意識の集中を物語っているようであったが、その後も彼のところにスチュワーデスが書類を運んできて、記録を記入するよう依頼し、それに応えてしばらく記入を続けていた。

 この間、私は、彼の行動の逡巡の無さにプロの医師の能力と職業倫理の実践を見て、静かに感動していた。自分ができること、できないこと、そこには大きな距離があるが、その距離を長い時間の努力によって縮めることが可能な場合が多いとしても、とっさの事態に対応するためにはその時点で必要な能力をもっていなければならず、その能力を発揮する行動にでなければならないのである。

 少林寺拳法では、行動することを大切にするが、そこで大事なのは、とっさの事態に対応可能な自分の能力を使える状態にしておくことだ。世の中に多種多様に存在する職業を考えると、自分にできることは極めて限られた範囲にとどまるのは当然のことである。ただ、自分にできることの範囲を強く堅く限定する必要はないのであり、そばに対応可能な専門家がいなければ、自分にできる範囲で自分が一歩足を踏み出す覚悟がなければならないだろう。

 飛行機の中で体験した短い時間の出来事から、大事なことを学んだ。
posted by 野坂政司 at 09:03| ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月08日

『おまけの人生』について

本川達雄『おまけの人生』(阪急コミュニケーションズ)を読んだ。著者は、『ゾウの時間 ネズミの時間』(中公新書)他の著作がある、生物学の研究者である。

科学の基礎と、科学によらない世界認識との両面を視野に入れて生きる構えを説得的に示しているところが魅力であると感じた。

この本の内容は、「海鼠の如く」、「生きものに学ぶ」、「道元の時間」という三部構成になっていて、『正法眼蔵』の時間論を生物学の立場から読み解いた「道元の時間」を読みたくて読み始めたが、「海鼠の如く」、「生きものに学ぶ」も含めて、非常に面白い本である。

ポール・ヴィリリオによる速度論の鍵概念である「走行体制」環境の意味の重さを受け止めながら、それを批判的に対象化する視点として私は知覚に基づく身体論を基礎において考えようとしているが、本川氏の視点は私の視点とかなり共通するところがあると感じる。しかも、生物学の知見に基づく個々の生きものによる時間の差異を前提にして議論を進める本川氏の考え方は、私には新しい視点であり、非常に参考になる。

生物のエネルギー消費量を基に導かれる時間論については、自分で読んでいただくことにして、ここでは、書名の「おまけの人生」という表現を著者がどのような文脈で使用しているかを紹介しておくことにしたい。

若い時と老いた時とでは時間の質が違うという議論の文脈で彼は次のように書いています。

「老眼、白髪、閉経。老いの兆候は、みな四十台から現れます。そして老いた動物は、自然界にはいないのが原則です。ちょっとでも衰えると、たちまち野獣や病原菌に食われてしまいますから。五十歳以降の老いの時間というものは、本来存在しないものであり、医療技術等により、人為的につくられたものなのです。だから言ってみればこれは「おまけの人生」。そういう意味でも、現在、ほとんどの人が享受できるようになった長い老いの時間は、若い時の時間とはまったく違う異質なものです。」168−169

時間の差異についてのこのような指摘を、引用箇所だけでなく、この本全体の主張から読み解くことが必要ではあるが、その楽しみは各位にお任せすることにして、私自身がこの指摘をどう受けとめたのかについて、簡単に述べておくことにしたい。

古代インドの思想にある四住期(学生期,家住期,林住期,遊行期)という観念の第三段階の林住期は40から60まで、最終段階の遊行期は60以降となっているが、この林住期,遊行期が本川氏の言う「おまけの人生」の期間に重なるところに私は関心を持った。ライフサイクルの枠組みが、現在の「情報エネルギー化社会」(ヴィリリオ)において強力な変容を強いられているのではないかという見方が、生物学の視点から明晰な光によって照らし出されているように思うのである。古代インドの思想のライフサイクルでは、現在「林住期」の後半にいる私は、もう数年で「遊行期」に突入するのである。その新たな段階をどのように迎えていくかという大きな課題を前にして、すっきりと答えを出していくための有益な視点として受けとめることができそうである。
posted by 野坂政司 at 13:28| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月26日

『武士道の逆襲』について

 月刊誌『武道』に「武士道に学ぶ」を連載している菅野覚明氏の著書『武士道の逆襲』(講談社現代新書)が出版された。  直接読んでもらうのが一番良いのは言うまでもないが、この本の優れているところを一言述べておきたいと思う。  菅野氏の基本的考え方は、明治以降の「武士道論」は、歴史的な誤解と不正確な理解を社会に拡散させるような役割を果たしている点で、非常に大きな問題を孕んでおり、武士階級の登場から江戸期までの過程をきっちりと押さえなければ本来の武士道は理解できない、というところにあり、その視点から、具体的に、かつ明晰に、武士道の観念がどのように形成され共有されてきたかを詳述している。  菅野氏の論述の魅力を紹介するために、「第1章 武士道とは何か」から「本当の強さとは何か」の一部を引用しておこう。 「……しかしながら、武士の実力は、決して腕力、暴力一つに留まるわけではない。ただただ荒っぽいだけのむきだしの暴力には、やはり一定の限界がある。最後に勝ち残るのは、ただの腕自慢の武士ではない。  そのことを、武士は実地の闘争の中で学んできた。武士の強さは、武力はもちろん、知恵、人望、統率力、動員力、経済力、地の利、天運など、有形無形のあらゆる力の総合の上に成り立つものである。  武士道は、こうした、自分が身につけ、使うことのできるあらゆる力を勘定に入れながら、本当の強さとは何か、最後に勝つ武士の条件は何かということを切実に追求するなかから生まれてきたのだ。  武士道の根源は、本当の実力とは何かという問いにある。自己の実力だけが、自分の存立を支える武士の世界にあっては、この問いはまさに自分の生命を懸けた問いであった。武士道の厳しい自己探求の精神は、そこから生まれてくる。甘さが直ちに死を招く世界では、己に対するいささかの手かげんも許されないからである。  存亡を懸けて、自己を問う。刀を持たない現代人にとって、武士道がなお訴えかけてくる何かを持つとすれば、それはおそらくこの一点に存するものと思われる。」  いささか長い引用になったが、菅野氏の指摘する武士の精神の在処は明確に示されていると思う。そしてこの本の中で具体的に例示される武士の生き方、死に方の豊かな例は、読んでいる私の心を深いところで揺さぶり、高みへと引き上げてくれる。  上記の引用で何かを感じた方は、ぜひ本書を手にとって通読していただきたい。
posted by 野坂政司 at 20:17| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月17日

少林寺拳法連盟東北・北海道学連合同合宿

記念写真

洞爺少年自然の家で開催された少林寺拳法連盟本部主催の東北学連・北海道学連合同合宿での二段のグループの記念写真です。私はこのグループの担当指導員としてお手伝いをしました。


指導員

今回の合宿に参加した指導員による記念写真です。
posted by 野坂政司 at 21:19| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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